和田みつひと 作品 /Mitsuhito Wada works 2007

「『ピンク×グリーン』プロジェクト」上野の森美術館ギャラリー(東京)

Photo:谷岡康則 Yasunori Tanioka

「ピンク×グリーン」プロジェクト 和田みつひと

 

「ピンク× グリーン」プロジェクトの主題は、生活の中にありながらも見過ごしている「美しさ」を自身の中に問う機会をつくり出すことです。情報やイメージが氾濫する日常生活の中で見失った自身の視点を取り戻すこと。すなわち、私たちが自分自身の視点を問い、「私が私であること」を喚起することに他なりません。

 

このプロジェクトが意図することは、鑑賞者が自らの中に日常の風景と向き合う場をつくり出すことです。会場には、絵画や彫刻といった作者がつくり出した構造物としてのモノがありません。ここでは、対象としての作品を見るということよりも展覧会に接する人の経験と、その経験に伴って起こる意識の変化が重要となります。

 

新緑の季節に実施したプロジェクトの会場は、上野公園内にある上野の森美術館の別館ギャラリーです。今回の展示では、エントランス部のガラス面にグリーンのカラーシートを貼り、展示室にピンク色の照明を設置し、壁面にグリーンとピンクの塗料を塗布しました。その場所を外部と内部に仕切るガラス面と壁面に色彩を設えることによって、周囲の環境と深く関わりながらも、普段その場所で見られる佇まいとは異質な光景をつくり出したかったのです。

 

展覧会の会期中、ピンクとグリーンをキーワードに、ダンスパフォーマンスやサウンドライブとのコラボレーション、ワークショップを試みました。ピンクとグリーンの光と色が交差する会場では、刻々と変化する外光と共に色彩が変化し、ピンクとグリーンの補色の作用により、その場所に留まり移動することによって見え方が変わります。また、色彩だけで構成した空間を体験するとき、鑑賞者自身も色に包まれ作品の一部として存在します。普段、現代美術に慣れ親しんでいない方々にもギャラリーに来る動機をつくり出し、鑑賞者が能動的に作品と関わり、作品を深く体験する契機をも生み出したいと考えたのです。              

「絵画としてのインスタレーション、和田みつひとの仕事」

 

和田みつひとは画家である、と言ったら一笑に付されてしまうことだろう。和田が大学では日本画を専攻し、作家としてスタートを切った時に発表した作品も日本画であったという彼の履歴を知っている人でも、「それは過去の話でしょ」と一蹴するに違いない。確かに和田の仕事はインスタレーションと呼ぶのが似つかわしいし、ぼくも彼の作品を絵画と呼ぶつもりは毛頭ない。平面的な仕事だから絵画に通ずるといった暴論を吐くつもりもない。ただ、和田が追求しているものは、日本画を描いていた頃と今も変わらず、画家としての問題意識から発しているように思えてならないのだ。絵画ではないが、極めて「絵画的」な作品なのである。

 

和田が追求しているもの、思うにそれは、視覚によって生じる様々な現象の探求、簡単に言ってしまえば「見ることとは何か」ということの探求なのではないか。和田は1997 年から、展示空間の壁面の一部に直接蛍光塗料を塗りつけるか窓にカラーフィルムを貼りつけて、その空間の印象を一変させる仕事を手がけてきた。使われる色味は黄色が多かったが、近年はピンクを用いるようになり、さらに補色であるグリーンと対比させることも試みるようになってきた。残念ながらぼくは実見していないのだが、2004 年に慶応義塾大学日吉キャンパスの来住舎ギャラリーで行われた展示では、全ての窓に貼られたピンク色のフィルムに目が幻惑され、ギャラリーの出入り口から覗く外の景色が緑一色に染まって見えたという。これは補色残像という生理現象によるもので、人間の目はひとつの色を見続けると、自然とその色の補色を網膜に感じ取りバランスを保つのだそうだ。この場合はピンク色を見続けたために、その補色である緑が残像として現れたのである。

 

今回の展覧会でも、展示室の壁を真ん中から左右にピンクとグリーンに塗り分け、さらにそれぞれの色を強調するように照明にも手を加えて、強烈な色彩の対比を生じさせていた。中に入ると、目がくらくらするような圧迫感を覚える。それぞれの色の空間に佇む鑑賞者は、強い色彩に染められて、ピンク人間、グリーン人間になっていた。以前の黄色一色が用いられた空間においても、黄色いガラス越しに見える屋外の風景が、あるいは外から覗きこむ内部の様子が変わって見えるという視覚体験をした覚えがある。多分誰もが体験したことのあるであろう事例になぞらえるならば、高速道路のトンネルに入った途端、照明の影響で車内の色々なものの色味が変わって見えたときの違和感に似た感覚といえるだろうか。

 

こうした幻視感は、むろん、視覚によって生じた現象だ。網膜上の出来事なのである。和田の仕事を見ていると、これまで近代の絵画が様々な方法で実験してきたこと、例えば画面に原色の小さな色点を敷き詰め、網膜の視覚混合を引き起こして豊かな色彩を感知させようとしたスーラたち点描派の技法や、錯視を利用して画面上の図像が動いているように感じさせるオップ・アーティストたちの試みが思い出されてくる。和田が追求しているものが「絵画的」だとぼくが考える所以は、このあたりにある。彼のアプローチの手法は、近代絵画の先達たちが試みてきたやり方に通じているのだ。

 

このような視覚の探求を、展示空間全体を作品化するインスタレーションの手法を用いて行っているところが、和田の仕事の最もユニークな点であると思う。だからこそぼくは、和田のユニークさを際立たせるために、あえて彼を「画家」と呼んでみたい。三次元空間を支持体に「見ることとは何か」を問い続ける「画家」なのだ、と。

樋口昌樹 (ひぐちまさき/資生堂企業文化部学芸員)

『ピンク×グリーン』プロジェクト

  • 会期:2007年4月30日[月]~5月9日[水]
  • 会場:上野の森美術館ギャラリー(本館横)
  • 主催:(財)日本美術協会・上野の森美術館
  • 協賛:株式会社資生堂、住友スリーエム株式会社
  • 協力:アサヒビール株式会社

コラボレーション・イベント

  • 会期:4月30日[月]
  • 出演:Junko Okuda(ダンスパフォーマンス)  
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  • 会期:5月3日[木]
  • 出演:伊東篤宏(オプトロン)
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  • 会期:5月4日[金]
  • 出演:鈴木悦久(フィードバックノイズ)、三浦 咲(ヴィブラフォン)
  • 会期:5月5日[土]
  • 出演:河合拓始(作曲、鍵盤ハーモニカ)
  • 共演:千装智子(フルート)、香川正尊(クラリネット)