和田みつひと 作品 /Mitsuhito Wada works 2001

「〈光のかたち〉旧銀座アパートメント・プロジェクト 第Ⅰ・Ⅱ期」

Space Kobo&Tomo(東京)

Photo:谷岡康則 Yasunori Tanioka

「〈光のかたち〉公園灯プロジェクト」

『アートリンク上野‐谷中 2001』 上野恩賜公園(東京)

Photo:谷岡康則 Yasunori Tanioka

「未だ見ぬ懐かしい風景」 和田みつひと

 

 現代美術とは、いまだ価値づけられ記述されていない、今まさに立ち上がらんとする美術です。美術は、画廊や美術館の中、歴史の中だけに在るのではありません。美しさは、日々生活の中にも、私たちの中にも在るのです。

 

「この現在を、私たちが存在の手前に在るものとして考える時には、それは、まだ存在していない。また、私たちそれを在るものとして考える時には、それは、すでに過ぎ去っている。....

光を知覚する可能な限り短い時間でさせ、何兆という振動によって占められおり、そのなかの最初の振動は最後の振動から、莫大な数で分割される間隔によって引き離されている。だから、あなたたちの記憶要素のなかにあり、実を言えば、あらゆる知覚はすでに記憶なのである。実際には、私たちは過去だけを知覚している。純粋な現在とは、未来を喰っていく過去の捉えがたい進行である。」アンリ・ベルクソン『記憶と物質』

 

 私たちは、静止した世界を静止した状態で見ているのではありません。私たちの生活する世界は、絶えず変化しています。同時に、私たちの在り方も、変化し続けています。見ることの経験は、私たちと世界が出会ったところから立ち上がってくるのです。ここで提示するのは、私たち自身の知覚によって、絶え間なく生成する現在を捉えることなのです。

 私が場所と関わり展開するインスタレーション作品によって試みているのは、私たちの中に在る社会的、文化的な文脈に置かれ、言葉によって意味づけられる以前の原初的な感覚を、鑑賞者に想い起こさせることなのです。一昨年より展開している展開している〈光のかたち〉プロジェクトは、インスタレーション作品の内容を拡張し、美術展という形式に則り発表したものです。むろん美術展の形式そのものは、それ自体意味をもちません。このプロジェクトが美術展の形式に則るのは、実体以上に流布し力をもつ情報と宣伝、モノとしてのみ理解される作品、すでに価値づけられた作品の陳列、そういった既存の美術展に対峙し批評でありたいからなのです。それは、作品を作品足らしめているのは何なのかを、問いかけることなのです。そして重要なのは、私たち個々が自分自身の視点を問うこと、すなわち「私が私であること」を喚起することに他ならないのです。

 いつも見ている何気ない風景は、自明のものとして在るのではありません。また、私たち自身も、ただ当たり前に、自明のものとして在るわけではないのです。

 

初出:『〈光のかたち〉公園灯プロジェクト』上野の森美術館、2001年

「〈光のかたち〉プロジェクト」

川口現代美術館ギャラリー(埼玉),西瓜糖(東京),300日画廊(東京)

Photo:谷岡康則 Yasunori Tanioka

〈光のかたち〉プロジェクト  和田みつひと 

 

<光のかたち>プロジェクト」は、遍在する光そのものの顕在を「試みたインスタレーション作品によるプロジェクトです。

 

光は、私たちを取り囲み、同時にあらゆるところにあります。しかし、この光そのものを私たちは、見ることが出来ません。私たちが感じとっているのは、何かに反射した光です。いつも目にする窓から見える景色、テーブルや自分の手。それらは、どれも光が反射し私たちの目に飛び込んでくることによって、その物の表面の状態を見ることが出来ます。私たちが、空気を満たす光そのものを見ることはないのです。

 

三つの会場で同時期に展開したインスタレーション作品は、固定した形が作品なのではありません。それぞれの場所の建築的特徴によって規定された蛍光アクリル板を配置することで顕れる、時とともに変化する光のかたち(姿)が作品なのです。

 

また、このプロジェクトは、局地的な一地点として連なる場所を観る人が移動することにより、固定した一つの視点で世界を捉えるのではなく、複数の視点で捉えるることを提示します。

 

私たちは、静止した世界を静止した状態で見ているのではありません。私たちの生活する世界は、絶えず変化しています。そして、私たちの在り方も、変化し続けています。見ることの経験は、私たちと世界とが出会ったところから立ち上がってくるのです。ここで提示するのは、私たち自身の心と身体によって、絶え間なく生成する現在を捉えることなのです。

 

初出:和田みつひと『〈光のかたち〉プロジェクト』リーフレット、2001年

近年の和田みつひとの発表活動は、蛍光色ないし透明色のカッティング・シート(主に黄色)を建築物のガラス面に貼ることにより、あまり意識されることのない環境そのものを、作品としての「場」に変容させることに主眼をおいていた。このような作品では、対象としての作品を「見る」というスタンスよりも、和田によって変容させられた場所を「経験する」という身方が要求される。

では、そこでは何が経験されるのか。和田は展示空間を恣意的に変えてしまうようなことはせず、展示空間の建築的構造に潜在している空間の分節を、より明瞭な形で顕在化させるというコンセプトを重視している。従って、和田によって変容させられた場所で私たちが経験するのは、実は、その場所そのものであり、そこで私たちが経験するのは、「環境を知覚する」ことなのである。

しかし、<光のかたち>と題されたプロジェクトとして、ほぼ同時に行われた三会場での発表には、こうした見方は単純には通用しなくなっている。今回発表された作品は、それぞれに違う意味で、問題作だからである。以下では筆者自身の各会場での作品の経験について簡単に触れながら、今回の和田の作品が問題作である理由を明らかにした。

最初に訪れたのは、川口現代美術館スタジオ。ガラス越しに、床に敷きつめられた蛍光アクリル板が見える。アクリル板はグリッド状に並べられ、エッジがひときわ強い光を放っている。アクリル板は概念上は平面として認識され、厚みをほとんど感じさせない。しかし、強い光を放つエッジがアクリル板の側面に注意を促すため、知覚の上では、アクリル板は、三次元の物体としてとらえられる。以前、ギャラリー日鉱で発表された同タイプの作品と比較すると、かなり硬質な印象を受ける。アクリル板と床の間に白色のシートが挟み込まれているからであろう。シートが透明で、既存の建築空間の床が見える場合と、不透明な状態で床が覆われている場合とでは大きな違いがあるといえる。

次に西瓜糖。入口近く、書棚の天板に蛍光アクリル板が載せられている。上から見ると完全に緑色に見え、不透明でマットな質感である。アクリル板と書棚の間に黒いシートが挟み込まれているからであろう。椅子に座るとアクリル板がほぼ目線の高さに来るため、エッジの輝きが強く感じられる。さらに奥には透明のアクリル・ボックスの天板の上に、やはり同様のアクリル板が載せられた作品がある。しかし、こちらは、上から見ると、黄色の色がアクリル・ボックスの内部の空間に充満しているように見える。箱の下には黒いシートが敷いてあり、映りこんだ虚の空間のため、実際の2倍の空間が見えてくる。

最後に300日画廊。床面に3枚の蛍光アクリル板が敷かれている。それぞれのアクリル板は少しずつ間を開けて置かれている。注意深く見れば、この間隔は部屋の奥の窓枠にに一致していることがわかる。しかし、一枚一枚のアクリル板が独立して認識されるため、オブジェクティブな把握が優位に立つことになる。また、アクリル板は鏡面効果が強い。アクリル板と床の間に銀色のシートが挟まれているからであろう。まさしく鏡面である。

以上、見てきたように、今回の展示は、現在の和田のトレードマークともいえる蛍光色のみならず、蛍光アクリル板による面と隠された床面(または基底面)との間に、白色(川口)、黒色(西瓜糖)、銀色(300日画廊)の不透明のシートが挟み込まれていることに大きな特徴がある。その存在ゆえに、既存の空間や物体のもとの状態が透明に見えることはなく、不透明に覆われることになる。そのれらは直接には目に見えないが、表面に見えている蛍光アクリル板にそれぞれに無視できない変化を与えている。蛍光アクリル板がそのままで用いられたギャラリー日鉱の作品と比較するならば、川口(白)では硬質な印象が、西瓜糖(黒)ではマットな質感が、300日画廊(銀)では鏡面的な効果が、それぞれより強められている。

こうした理由により、<光のかたち>プロジェクトで発表された作品は、和田の作品のなかでは、環境的な側面が弱められ、物質的な印象が強められた作品といえる。そのため、過去の様々な作品や、そうした作品をめぐって交わされてきた様々な議論を想起させずにはおかない。例えば、床面が不透明に覆われている川口の作品はカール・アンドレの作品を、また、西瓜糖のアクリル・ボックスによる作品はドナルド・ジャッドやラリー・ベルの作品を、どうしても連想させずにはおかない。

筆者が今回のプロジェクトで発表された作品を問題作だと感じたのは、こうした理由による。作者である和田が、こうした事態をどの程度認識していたのかは定かではない。しかし、作品を見る側にとっては、多くの先例との比較という作業を通じてこそ、今回のプロジェクトで発表された作品の意味を明らかにすることができるはずである。

 

初出:梅津元(埼玉県立美術館学芸員)和田みつひと〈光のかたち〉をめぐって『〈光のかたち〉プロジェクト』リーフレット、2001年